同じ釜の飯を食べる「おなかま」はいるでしょうか?

さかっきーです。

おなかまって言葉をちょっと昔使ってました。

同じ釜の飯を食うでおな釜と表現していました。

「おまゆめ」に「おなかま」です。

お仲間ともとれます。

同じ釜の飯を食うなんて言葉もありますが

やはりご飯を一緒に食べると仲良くなれるような気がします。

他人という表現も距離がありますがw

男女関係などは無しにして

他人でこれほどご飯を食べたのは

僕はリカちゃんが初かもしれません。

ご飯を食べながら

あーでもない

こーでもないと語り合っています。

どちらかが気配を消し気味の時は、お互い連絡をとらないとか

わかってるのかわかってないのか

なにか通じ合ったりします。

同じ活動をしながらも波長があったり微妙にづれたりします。

彼女の強い力に時に置いて行かれるのではないかというような

修正できなくてしんどいなって時もあったりしたりして

まぁ色々な事を経験しています。

「おまかま」って本当にいいなって思う事ってあるんですが

まぁ腹が立つこともありますよw

勇気を出して色々挑戦できるというのは周りにいる「おなかま」が大切なのではないでしょうか?

転んでもへっちゃら!だよ

なーんて言うのは

パートナーの存在が大きでしょう。

「おまゆめ」が痛くても継続できて今の状態にあるのは

ふたりで「おなかま」だからだと思います。

大体、楽観的に

時に厳しく

10%ぐらいw

ダメ出しをし合う

そんなユルユルな厳しい関係で成長しています。

僕は、友達がいない人生を何十年も経験してきましたが

なんの為に生きてるのかが分からなかった時がありました。

「おまゆめ」をはじめたころは

何のために生きてるのかとまではいいませんが

夢ややりたい事など特にありませんでした。

1つだけ

でも立証したい事がありました。

とにかく楽しく、何かを継続したら

でも何かが分からない!

なんて言いますよね!

何かなんて正直わからないまま行きました!w

だって望みも希望も欲しいモノの分からない

記憶喪失なんか?ってぐらいの

現状だったんです!

だから何かなんて何かなんかわからないですよw

だから

意味がわかりにくいですが

「何か」変わるんじゃないかという可能性です。w

この「何か」の内容にコダワリすぎて何もできない事が悔しくて

嫌で仕方なかったんです。

何かの正体を暴いてやる!

というのが

何か探検隊のサカッキーの始まりです。

それは、予祝でもありますし

思考は現実化するという事かもしれませんが

「何もしたくはない!」

「やりたい事は特にない!」

「でも現状は満足していない!」

このどうしよもない現状を「何か」変えたい!

では

どうしたら?

現状を変える為には

行動する

今までの自分では絶対やってないこと

震えてできない事をやったら

なんか変わるんじゃ?

なんてことで

挑戦したいけど震えちゃうことをやってきました。

「行動習慣で脳は変わる」

「行動習慣を変えれば好きな未来は作れる!」

今では言葉ですんなり表す事ができる

この簡単な2行は

4年前の僕には

ジタバタするだけでしか方法がありませんでした。

大人だけど諦めないでジタバタしたら

やりたい事が見つかるってとっても楽しいじゃないですか。

4年前、リカちゃんと2回ぐらいご飯にいったんですが

もう話す事ないから次回から困るよな。。

どうしよう。なんて思いながら

「おなかま」で色々な体験をできたんじゃないでしょうか

これから「おまゆめ」はたくさんの「おなかま」を作れたらいいなって思っています。

ラジオでコメントしてくれるみなさん。

YouTube見てくれるみなさん。

「おまゆめ」と継続して反復しながら「おなかま」で色んなことにこれからも

一緒に挑戦していこーね!

この話

意味が通じましたでしょうか?

何かの正体や犯人を捜すというトリックに夢中であることの時間がもったいないということです。

たくさんならんだお釜の写真だけで一番、美味しい釜飯を決めるような行為なのかもしれませんね。

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